前錦糸町界隈を歩いた 前回からの続きです
津軽稲荷神社・つがるいなりじんじゃ に 着きました
この稲荷神社の間口は狭く
鳥居の幅を 一回り大きくした程で
鳥居の両脇をみると お隣が接近している事が よくわかります

出かける前に 前もって調べない のは 何時もの事ですが
この時は 出かける前に見た地図で 見た記憶がなく
駅前で見た地図を頼りに 向かいました
そこで 帰宅してから 調べました
東京寺社案内 と ウィキペディアから 抜粋省略
創建年代は不明。
弘前藩津軽家江戸中屋敷の屋敷神として創建され、
幕藩体制成立後に成立したものと推測される。
明治時代の廃藩置県で、旧中屋敷跡地は陸軍糧秣廠となったが、
稲荷社はそのまま残り、この地一帯の地守神として残され
「津軽稲荷神社」と呼ばれるようになる。
津軽藩から 来ている事が わかりました
入口の右側に 手水が ありますが
こちら側も お隣の建物が 迫っています
その先にある 石灯籠は 左右で カタチが違います
石の丸みが 少し違ってみえます


勝手に推測すると 時代が違うのでしょうか??
何らかの理由で 一方を作り直したのかもしれません??
正面の本殿前 左右に のぼり旗がならんでいます

のぼり旗の先 本殿の前には 狐さん

今回は 横顔です


本殿を写したのですが 今 写真を見て気がついた事が ありました
上に掲げてある 稲荷の 稲の字が??
写真を 明るくしてアップしても よくわかりません

もう一つ
前にも 見過ごしたことがありましたが
この稲荷神社でも 何と屋根の上に 狐さんが いたのです

本殿の横に 朱色の可愛らしい橋が 架かっていました
小さくて 数歩で渡る事ができます


奥に 弁財天が 祀られています

外とは隔絶された 小さな空間を 感じる事が出来ます
橋の手前から 表を見ます

本殿の前 狐さんの所からも
表の道の方を 写します

小さな稲荷神社でした
それでも 一時ですが
世の中の喧騒や 日常の雑多な事柄から
頭と心が 離れる事ができました
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