毎年 遊書展の後 星川通り沿いに 熊谷駅まで歩くのですが
地図で気になった所へ 寄ってみる事にしました
長くなりますが お付き合い頂けると 嬉しいです
遊書展会場の百貨店の横道に 熊谷寺 の名前がありました

参拝したいと ぐるりと一周したのですが 入口がみつかりません
この熊谷寺は 熊谷直実が出家し 法力房蓮生法師として
関東に戻り 熊谷の地に庵を結んだ 由緒あるお寺です
残念ながら 檀家だけに限られて 一般の参観はできない様でした
熊谷寺の広い敷地の横にあったのが 伊奈利神社・いなりじんじゃ

帰宅して 熊谷・伊奈利神社 で検索すると 何と7社もあるのです
この神社は その一つで 熊谷市仲町にあり
「弥三左衛門稲荷」とも言われているそうです
その由縁は ・埼玉の寺社案内から 抜粋省略
稲荷神を深く信仰していた戦熊谷直実は
弥三左衛門という武者に助けられ 武勲を上げました
弥三左衛門が稲荷神 と知った直実は 熊谷寺境内に祠を設け
稲荷神を祀りました
本殿

狐さん


本殿の横に 小さな狐さんが並んでいました
一つ頂いていきたい と思うのですが・・・ 勿論 諦めました

熊谷寺の一つ道を隔てた所に 熊谷聖パウロ教会 があります
熊谷市のHPから 省略抜粋
煉瓦が綺麗ですが 小屋組みは木造
大正12年の関東大震災 昭和20年の熊谷空襲の被災も免れる



扉は閉まっていて 中へは入れませんでした

その後 駅へ続く 幹線道路では無く 細めの道を行くと
熊谷陣屋跡 に出ましたが 駐車場になっているようです

そのお隣に 小さな御社 千形神社・ちかたじんじゃ

変わった名前ですが ウイキペディアから抜粋省略
熊谷直実の父・平直貞が 出没していた巨大な熊を退治
熊の血が流れた場所に建てた社を「血形明神」(血形神社)
後に「千形神社」と改めたといわれる

他にも
宝暦年間(1751年-1764年)の頃から毎年10月初めに
奉納相撲を行い、熊谷における相撲発祥の地とされる
小さな神社と思っていたら ここにも 歴史・謂れがありました
その後 駅に向かいますが 公園の様な所へ出ました
大きな木は 熊谷桜 と 案内が出ていました

先を行くと 神社の様な雰囲気なので 表に回ってみました
高城神社 という事がわかりました


本殿

横に 六社が あります

一つ一つに 神さまが祀られていました


手水は蓋がされていましたが 彫り物は 迫力がありました



青銅常夜灯


石の鳥居が 幹線道路の手前にも ありました
右側は畑かしら
舗装道路など無い昔は 風景が違ったのでしょうね

高城神社は 前もって ある事も知らずに
たまたま 行きついた神社でした
・・・持病の 方向音痴が良い時 もあるものです
星川通り沿いに 駅に向かいます

駅前には 熊谷の象徴 ラグビーボールと 熊谷直実の像があります

旧中山道が 遊書展のあった百貨店の中を 通っています
また 巣鴨から大正大学の所にも 旧中山道があります
池袋から 熊谷まで 電車で約1時間余り
巣鴨から 熊谷まで 歩いたら どの位かかるのかしら?
マアー そんな無鉄砲な事はできないけれど
来年熊谷へ行くまでに 中山道の事を 少し調べてみたら と
思うだけで 年が明ける事は 分かっていますが ・・・