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笑子(しょうこ)

Author:笑子(しょうこ)
笑子(しょうこ)
笑って毎日を過ごしたいと、気持ちを込めた名前です。
楽しみにと手仕事を始めました。
刺し子、刺繍とも、独学なので分からない事だらけ。
知識がない分、易しいステッチ(運針?)を中心に
デザインを楽しんでいます。


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刺し子刺しゅう 白い井桁模様に


何種類もの端切れが 數も山の様に あり過ぎる程あります
何時まで迷うのかと思いながら 迷い続け
その中から 漸く選んだ生地に 刺し子刺しゅう しました

選んだのは 
紺地に 白い井桁が 織り込んであります

20210927 途中 2 井桁絣


裏をみると 糸が渡してありました

20210927 途中 3 井桁絣


もう一枚は 臙脂色・えんじいろ の無地

20210927 途中 1 井桁絣


初めに 白い井桁の真ん中を通る様に 濃い桃色・藤色を刺しました

20210927 途中 3 井桁絣


臙脂色の生地には 
紺地で使った同じ色の 桃色 と 黒糸で 菱形を刺しました
刺し子の黒色では 色が強ぎるので 普通の縫い糸の中で 
太い糸を使いました

20210927 途中 4 井桁絣


これでは 淋しく思えます 
桃色は 黒より目立たないので 花模様になるように 刺し加えました

20210927 途中 5 井桁絣


出来上がり
紺地の方にも 白い井桁の間に 臙脂色と同じような模様に
してみました

20210927 でき上り   1 井桁絣

20210927 でき上り   2 井桁絣


布 : 綿  

糸 : 刺し子用糸
        桃色
    縫い糸
        黒色
出来上がり寸法
    縦 : 約17、0cm
    横 : 約17、5cm

模様 : ただ チクチクしただけ


違う方向から

20210927 でき上り   3 井桁絣

20210927 でき上り   4 井桁絣

20210927 でき上り   5 井桁絣

20210927 でき上り   6 井桁絣


器を置いて

20210927 でき上り   7 井桁絣

20210927 でき上り   8 井桁絣


置いた塗り物の朱色だと 色が強く サイズも大きめで
肝心な刺し子が見えないので 違う器に 変えてみました

20210927 でき上り   9 井桁絣

20210927 でき上り   10 井桁絣


勿体なくて・ケチ? なのか 生地をカットできず
コースターのサイズよりも 大きくなってしまいました

何かには 使えると 思いますが・・・??

困った事は 
刺しているより
   生地を選び 模様を考える 方に 
時間を費やしているのでは? と 思います
   マアー これも楽しいのですが・・・

何時もペアーで作っているので 同じ模様の生地で
次の模様を 考える事にします


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秋の気配を感じに 散歩へ


買物への道で 金木犀の香りが 漂ってきました 

20210921 買い物道 1  秋の気配


柿の実は 色づくまで もう少し

20210921 買い物道 2  秋の気配


通りがかったお宅の玄関 
夏には涼しげな ふうせんかずらは 色がつき始めていました

20210921 買い物道 3  秋の気配


もう秋ですね
初秋を感じたいと
文京区立・目白台運動公園へ 散歩に行きました

今年の夏は 天候不順で 暑さも残っていますが
皆様のブログを訪問していると 季節の便りに 
綺麗な彼岸花が 紹介されています

多く咲いている訳ではありませんが 彼岸花が咲いているはず

目白台運動公園の案内図
下が目白通り 右手に行くと目白駅 左手は江戸川橋方面です

20210921 運動公園 1 秋の気配


左下の わんわん広場の前にあった 大きな木が 無くなっていました
説明案内から 抜粋すると
   昨年9月の樹木点検の際に ベッコウダケの発生を確認し
   経過観察をしていたが 根株診断で 腐朽度が著しく
   安全の確保が難しく 令和3年4月に 伐採しました
久しく来ないと こんな事もあるのですね

20210921 運動公園 2 秋の気配


自転車が置いてあるフェンスは 金木犀が咲いていましたが
チョット遅かったようです

目白通り沿いに 銀杏の木があり 丁度 実が熟れごろ

20210921 運動公園 3 秋の気配


東出入口から 入ります
その壁際に 彼岸花

20210921 運動公園 4 秋の気配


公園に入って直ぐ右手にも 彼岸花がありました

20210921 運動公園 5 秋の気配


近くに咲いている 萩の花との共演

20210921 運動公園 6 秋の気配


白い色は 咲くのが遅いのかしら?

20210921 運動公園 7 秋の気配


黄色の色も 
今にも倒れそうな 細い茎

20210921 運動公園 8 秋の気配


目白通り沿いに歩いて 丁度 真ん中あたり
左側のフェンスは サッカーや野球の運動場ですが
この日は 人影はありませんでした

20210921 運動公園 9 秋の気配


纏まっているのではなく 何カ所かに分かれて咲いています

20210921 運動公園 10 秋の気配

20210921 運動公園 11 秋の気配


小紫かと

20210921 運動公園 12 秋の気配


目白通りに平行した道を 中央出入口の手前まで 来ました

20210921 運動公園 14 秋の気配


来た道を 振り返って

20210921 運動公園 13 秋の気配


中央出入口の反対側には 芝生が続きます

20210921 運動公園 15 秋の気配


奥には テニスコートがあり 桜並木があります
桜の散る頃 人も少なく綺麗で 穴場?なのです
左側の広場の反対側に 来たことになります

20210921 運動公園 16 秋の気配


中央出入口から 目白通りへ出ます

20210921 運動公園 17 秋の気配


彼岸花も他の花も 沢山咲いている訳では無いけれど
季節を感じさせてくれる場所の一つ です

数日後 通りを歩いていたら 彼岸花
車道の横 人通りが多い歩道に 逞しく咲いています
思いがけずに 見つけ 嬉しくなりました

20210921 買い物道 4  秋の気配


また 違う日に 見つけた 可愛い枯れ葉

20210921 買い物道 5  秋の気配


緑の大きな葉に 抱かれている様です

人の手で 置かれた様に 見えますが
キット 自然に落ちたに違いない と 思う事に・・・


雑司ヶ谷・威光稲荷神社


何と昨年 春と夏に 二度続けて 訪ねた所です
1年も前の事になり 細かい所はウロオボエな所もありそうです
もし勘違いなどしていたら ご容赦ください
殆どは8月末の写真ですが 何枚か5月のものもあります

雑司ヶ谷・法明寺・ほうみょうじ のお隣・裏? に 
神社がある事に気が付き 入ってみる事にしました 
住所だと 南池袋になるのかもしれません

20210913 入口から 1 威光稲荷


法明寺の社殿を正面にして 左側に抜ける細い道があります

写真の右手奥から 歩いてきました
     ・・・振り返って 写しているので 反対に見えます
法明寺の鐘楼が 右手の塀越しに 見えます

20210913 入口から 2 威光稲荷


左手は 墓地

20210913 入口から 3 威光稲荷


訪ねたのは 威光稲荷神社 
この神社は もともと通り抜けた法明寺の一部だったのが
江戸時代中期から始まった 神仏分離で 別々になった様です

20210913 入口から 4 威光稲荷

20210913 入口から 5 威光稲荷


正面の奥 右手に 道・鳥居が 続いています

20210913 入口から 6 威光稲荷

20210913 入口から 7 威光稲荷


鳥居の左には 石碑

20210913 入口から 8 威光稲荷


道の真ん中に立つ 2本の木

20210913 入口から 9 威光稲荷


左手に曲がると 奥に階段が見えます

20210913 入口から 10 威光稲荷


階段を上ると左側に 社殿がありました

20210913 本殿から 1 威光稲荷


左右には 狛犬ではなく 狐さんが護っています
左は 手毬?

20210913 本殿から 2 威光稲荷


右は 子供を抱いています

20210913 本殿から 3 威光稲荷


御社の右手 狐さんの後ろに 鳥居が続きます

20210913 本殿から 4 威光稲荷


階段の下 鳥居の先にも 左右に鳥居が続きます

20210913 本殿から 5 威光稲荷


右手を行くと 小さな御社と石碑

20210913 本殿から 6 威光稲荷

20210913 本殿から 7 威光稲荷


御社には 前と左右にも
小さな白い狐さんが 護っています

20210913 本殿から 8 威光稲荷


別れた所へ戻り 左手を見ると 幾つもの 鳥居と狐さん
奥には 金網で囲われた所があります

20210913 本殿から 9 威光稲荷

20210913 本殿から 17 威光稲荷


左手から 行く事にします
小さな御社
ここにも 白い狐さんが 護っています

20210913 本殿から 11 威光稲荷

20210913 本殿から 12 威光稲荷


このお社の反対側 金網の中にも 御社
下にも 小さな御社と狐さん

20210913 本殿から 13 威光稲荷

20210913 本殿から 14 威光稲荷


金網のある所は 小山になっていて 周れる様です
細い道を行くと 猫ちゃんと お地蔵様 と思っていたら
写真をみると もしかしたら 狐さんではないかしら?

20210913 本殿から 15 威光稲荷


決して広いとは言えない場所に 
あちこちに 御社 鳥居 狐さん が 幾つもあるのです

20210913 本殿から 16 威光稲荷


2回とも 静かな中で 誰とも会わず 一人だけ
都心にいるとは 思えませんでした

来た時の道へ戻ると 池袋・東通り に 抜ける事になります

20210913 本殿から 18 威光稲荷


不思議な世界から
現世に戻ってきた様に 感じました


源兵衛さん 


今年 3月末 源兵衛子育地蔵さんの横を 通りました

ここは 早稲田通り沿いで 高田馬場方面から来ると 
明治通りを越し 少し歩いた右側にありますが
小さいので 殆ど目立ちません

20210907 地蔵さん 1 源兵衛


源兵衛さんとは 
どんな方で 何故 お地蔵様に名前が付いているのか
前を通る度に 不思議に思っていました

一度 ご挨拶した事はあるのですが 何時の事だったか?
久し振りに 訪ねてみたら 
昨年12月に 令和の改修が あったばかりで
新しくなっていました
「西早稲田源兵衛 子育地蔵尊」の旗が立っています

20210907 地蔵さん 2 源兵衛


中に入り右側 写真右端は 早稲田通り です

20210907 地蔵さん 3 源兵衛


・・写真の説明は 新宿区のHPから 引用しました

馬頭観音・ばとうかんのん は 
大正11年(1922年)の建立

20210907 地蔵さん 4 源兵衛


こちらは カエル君 子供を乗せています

20210907 地蔵さん 5 源兵衛


カエル君の上の方には 龍が首を出しています

20210907 地蔵さん 6 源兵衛


右手奥の壁には 絵馬が吊るされ
横のお堂には 源兵衛子育地蔵が 安置されています

20210907 地蔵さん 7 源兵衛


このお地蔵さまは 
江戸初期に この地を開墾した源兵衛を供養する地蔵尊 との事

20210907 地蔵さん 8 源兵衛

20210907 地蔵さん 9 源兵衛


高田馬場経済新聞から引用すると
  「源兵衛子育地蔵尊」は 江戸時代初期に周辺地域を開墾した
  源兵衛らを供養し、功績を記念するため1726年に安置された地蔵尊。
  さまざまな御利益があるとされるが、子どもに関する願い事が
  成就すると伝えられたことから「子育地蔵尊」と呼ばれ、地域から
  親しまれている。

20210907 地蔵さん 10 源兵衛


お地蔵様の後ろに 小さなお地蔵様が 並んでいます
よーく見ると 違うお顔をしています

20210907 地蔵さん 11 源兵衛


お堂の横にある 6緞の階段を上がると
右手に 小さな小屋? と 大きな石碑が あります

20210907 地蔵さん 12 源兵衛


小さな小屋には
馬頭観音 と 十手観音

20210907 地蔵さん 13 源兵衛


その横の石碑は 彰忠碑・しょうちゅうひ
大正3年・1914年の建立

レッツエンジョイ東京からの引用では
  日清・日露戦争に戸塚村から出征した人の名が刻まれ
  大変珍しい 伊予・愛媛県の青石でつくられている
  この石は 関東大震災でも倒れることは無く
  この地蔵尊に寝泊りした被災者もいたそうです

20210907 地蔵さん 15 源兵衛


石碑の横に 今回の改修で 出入口が設けられていました
早稲田通りに降りる この坂は 地蔵坂通り 

20210907 地蔵さん 16 源兵衛


昨年の改修工事の冊子が ありました
小さく見にくいかと思いますが・・・

「源兵衛子育地蔵尊のこれまで」

20210907 地蔵さん 18 源兵衛


「令和の改修」

20210907 地蔵さん 19 源兵衛


写真「改修後・左側 と 改修前・右側」

20210907 地蔵さん 17 源兵衛


境内の掲示板に 
「100年前の新宿・約150年前の戸山絵図」の 写真がありました 
一部を大きくしてみましたが
全面を見ても 山 畑・田圃 僅かな家 ばかり です

20210907 地蔵さん 20 源兵衛


引用ばかりとなりましたが ウイキペディアから
  源兵衛村・げんべえむら は、東京府南豊島郡にかつて存在した地名。
  現在の東京都新宿区の一部にあたる。
  1615年 大坂夏の陣後豊臣秀吉の遺臣小泉源兵衛らが
  江戸に逃れ、当時荒地だった源兵衛村付近を開墾し、
  源兵衛村を作った。その後、源兵衛は主に火薬の番や鉄砲の
  弾を作っていた。
  1726年 源兵衛の死後その功績を記念するために
  地元の有権者が子育地蔵を安置した。この地蔵は今でも存在する。

源兵衛さんの事を 初めて知りました

この後 ウイキペディアには 
  西早稲田3丁目西部の路地裏に昔の墓を
  祀ったりしている源兵衛共同墓地が現在も残っている。
と 書いてあります

思い当たる所があるので 訪ねてみました

新目白通りを 早稲田方面から 明治通りへ出る手前 
左手に 緩い坂の右側に 黒い塀が見えます

20210907 墓地 1 源兵衛


坂の上の方から

20210907 墓地 2 源兵衛


源兵衛共同墓地は 立ち入り禁止で 入る事は出来ませんでした

20210907 墓地 3 源兵衛


人通りが少ないけれど キョロキョロと一応確認し
塀の上から 中の様子を写してみました

20210907 墓地 4 源兵衛


小さな墓地ですが 新しい墓石もあります
昔から今も 継いでいる方々がいて 大事にされているのですね

昔 行った事があるから 一度 行ったから と
思い込んでいては ダメですね
     行ったとしても 殆ど忘れているけれど・・・

その時には 関心が無かった事でも
年月が経つと 興味ある事も変わっています

改めて 訪ねてみる事も 新しい発見になると 思いました


刺し子刺しゅう  こけし


晒に 刺し子刺しゅう しました
大きく長い布巾は 久しぶりの事です

模様をどうしようかと 部屋の中を見回していて
目についたのが 「こけし」 でした

この「こけし」は 昔むかし 若かりし頃
東北へ行った時に 初めての一人旅の記念にと
連れ帰ったのです

数十年も経った こけし 
色付けしてある模様は 色褪せてきています

20210831 こけし 1  こけし


この全体を刺す為に 細長く大きめにカットした晒になりました

ところが 以前に写したはずの写真
   こけし 
   刺し子刺しゅうの途中のもの
   出来上がったもの
が どうしても 見つかりません

そんな訳で 刺している過程・途中のものもが
何時も 紹介しているのですが 今回はありません

初めに 頭・顔 と 身体のカタガミ

20210831 カタガミ 1  こけし


身体の洋服・模様 部分

20210831 カタガミ 2  こけし


出来上がり 全体

20210831 出来上がり 1 こけし


布 : 木綿

出来上がり寸法
      縦 : 約67cm
      横 : 約34cm

糸 : 刺し子用糸
      赤色  桃色  黄色  緑色  黒色

模様 : ただ チクチクしただけ


20210831 出来上がり 2 こけし


迷ったのは 顔の部分で 
眼 と 髪の毛 を どうするか です
   髪の毛を増やす? と 重たくなり過ぎるのでは?
   眼を入れるのは 難しすぎるし・・・
という事で 何も手を入れませんでした

20210831 こけし 3  こけし

20210831 出来上がり 3 こけし


こけしは 東北の温泉地 青森 秋田 岩手 宮城 山形など で 
誕生し お土産品としても 作られています

訪ねたのは 温泉で有名な 宮城県の鳴子・なるこ 
こけしを 作っている工房を 訪ねました

造られている地域で こけしのカタチや模様が違います
こけしの模様は 「土地や 描く人によっても 違ってくる」
と その時 聞きました

20210831 こけし 2  こけし

20210831 出来上がり 4 こけし


また 鳴子のこけしの特徴として 
首と胴体を 別々の手で持ち回すと 鳴るのです
首がはめ込み式に なっているからだそうです

20210831 出来上がり 5 こけし


この「こけし」の大きさは
大きさは 高さは 約24・5cm位のものです

20210831 出来上がり 6 こけし


その時は もっと大きなものが 欲しかったのです
思い切っても その当時 この大きさが精一杯でした

それでも 今は 昔むかしの思い出 を 
一緒に 懐かしみ楽しんでいます


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